英語をしゃべる人達
夏の研修で感じたことを今頃書きます。英語をしゃべる人達について。私は英語をしゃべることが格好良い、って思ってる人達が大嫌いです。英語が使いこなせることを誇りとしている人たちも嫌い。
語学畑で来た人は、その無意味さを知っているはずではないのでしょうか。就職活動の時、言葉なんて喋れても、専門分野の知識を持たなければ、結局は使えない人材だ、と思い知った経験が、彼らにはないのかな。OB訪問をすると、どこの会社でも「うちの大学の卒業生は、語学を武器に便利に使われるけど、専門知識がないから社内で重要なポジションにはつけないし、結局偉くはなれないんだよね。」という先輩方がたくさんいました。私が勤めてた会社では、英語の発音が悪くても、文がある程度くずれてても、業務内容を熟知している高卒の課長の方が、外国人の顧客の信頼を得ていたし。所詮、言葉なんて道具だ、大切なのはバックグラウンドの知識だ、何をしゃべれるかだ、っていう壁に、ぶつかった経験がない幼稚な人達の集まる研修はとても居心地が悪かった。
"どう話すか"、ではなく"何を話すか"、でしょ?!研修は日本語ナシで全て英語で行われたことも、うそ臭い感じ。だって、講師の先生達の英語だって完璧ではなくて、言いたいことがうまく伝わってこない場面もたくさんあったから。つまり「伝える事」よりも「英語で喋ること」の方が大事なんだな、彼等には。日本語を使えば伝わることも、わざわざ英語を使って伝わらないこの馬鹿げた状況は何なんでしょ、って途中からアホらしくなってしまいました。
もちろん、英語を使うことで英語の力をつけさせたいのは、よくわかります。でも、講師陣が気に入るのは、流暢に英語を喋ることを快感として陶酔している人達で、そういう人達はなんだか意味のない軽口をたたくのが上手で、「俺ってすごいだろ?」みたいに嬉々として英語をしゃべっているの。なんか茶番ぽくて背中が痒くなるような感じがしたのでした。
私は、日本語と英語をチャンポンで話すことに何の抵抗もないし(もちろん英語しかわからない人相手にそれはしないけど)、伝わればそれでいいと思っています。きれいな発音でなくても、全然問題ないとも思っています。なぜなら、それが私の英語だから。ブラジルで、日本語とポルトガル語が混ざり合った言葉を話す日系の人達に会った時、彼らの言葉はとても可愛く感じられて好感が持てました。「自分らしい」言葉ってことがすごくいいことなんじゃないか、って思った。だって言葉はいつも心とつながっていなければ変だから、何語とかじゃなくて、その人の言葉というのがあっていいと思うのです。
会社に勤めてた頃、取引先にロシア語の通訳を頼まれ、言いたくないことばかり言わされて、本当に切なかった経験があります。語学が得意な若者は「夢は通訳です」って安易に考えるけど、それって本当に幸せなの?と疑問。自分の意思に反しても、人の言いたいことを伝える仕事は、ストレスになるように思うけど。もちろん通訳は立派な仕事だし、なくてはならない職業だけれど。
私は語学が大好きで、色んな言葉に興味もあるし、もっと身に付けたいと思うけど、なぜ語学を勉強するのかと考えると、それを使って知りたい情報を得たり、意思が伝わったりが魅力だから語学が好きなのかな。音楽を楽しむように、色んな言語の音が好きだ、というのもあります。他の人たちはどうなんだろう。生徒達はどうなんだろう。 英語がキライな生徒は「なんで英語なんか勉強しなくちゃいけないの?」とよく言うけど、色々な言葉の選択肢を与えたら、彼らはどんな動機で何語を選ぶだろうか。

2 Comments:
Hi Kimiko! Its too late to read your post now ( I mean try to ) but just wanted to say hi and I'm going to write a real email soon. The sky looks beautiful there. Miss you! xox Ariel
hey kimiko! i'm going to try to get your email addy from ariel. how was yatsugatake?
hugs,
m
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